製造業の未来
2025.9.1

蓄積した技術をベースに取り組む、新規事業開発プロジェクト

蓄積した技術をベースに取り組む、新規事業開発プロジェクト
製造業の未来
2025.9.1
この記事の概要

私たちは、主力製品であるボールジョイントに次ぐ新事業を模索し、長年さまざまな挑戦を続けています。この記事では、数々の失敗を乗り越えて形になった、作業支援ロボット「SUPPOT」の開発について紹介します。

◉プロジェクトの概要

高い走破性と汎用性を持つ作業支援ロボット「SUPPOT」。現在、さまざまな形、さまざまなシーンでの活用がはじまっているプロダクトですが、その開発と拡販の過程では、いくつもの困難、挫折がありました。

◉この記事のポイント
  • 新規事業は多産多死。一度の失敗で、挑戦をやめないこと
  • 「何が儲かるか」ではなく「社会をどのように変えたいのか?」を問う
  • 具体的かつ現実的な市場ニーズを慎重に探索することで、成功確率をあげる
  • プロジェクト成功の秘訣は、開発者自身が「おもしろがる」こと

 

 

◉この記事の見出し
  • 社会をどう変えたいのか。社会に何を問うのか
  • どんな困難も、「おもしろがる力」で超えていく
  • 1000社以上への提案で見えてきた、SUPPOTの可能性

 

 

◉プロジェクトメンバー

 

長坂智(ながさか さとし)

㈱ソミックトランスフォーメーションSUPPOT生産室室長。2013年より新商品開発に携わる。SUPPOT生みの親。

社会をどう変えたいのか。社会に何を問うのか

 

ソミックグループは戦後一貫して、自動車の足回り部品であるボールジョイントの製造を続けてきており、その売上高はグループ全体の96%を占めています(2023年時点)。その他、ダンパーといった製品もありますが、持続可能な経営のためには第2、第3の事業の柱が必要だと考えてきました。そのような背景のもと「既存技術を転用した新しい製品をつくれないか」という声があがったのは2013年こと。それは「未来の事業の柱になるような新しいものを」という難題。長坂を中心とした開発スタッフは「そもそも何をつくるか?」というところから議論をはじめました。

 

彼らがまず着目したのは、当時の企業理念に掲げられていた「地球に優しい企業」という志、外部環境のキーワードであった「高齢化社会」、そして長年にわたり車の部品供給を通じて追求してきた「安心・安全な移動」という価値観——これらが取り組みの原点となりました。彼らは「いかに儲けるか」ということではなく、「社会をどう変えたいのか。社会に何を問うのか」を考えたといいます。綿密な調査と議論のもと、彼らは「どこでも車いす」「車椅子の移動を支援する車両」「環境に配慮したエコなクーラー」などを発案。そのなかから最終的に彼らが選んだのが「どこでも車いす」でした。その決定の裏には、開発メンバーが思い描いたひとつの光景がありました。拠点の近くにある天竜川。そこでバーベキューを楽しむ地元の人々。「もし河原を歩けない高齢者や足の不自由な人たちも川沿いでバーベキューを楽しめる世界ができたら」。彼らはそのビジョンに基づき、新しい価値を創造できることを確信。経営陣からも了承を得て、本格的に開発に乗り出しました。

 

 

「どこでも車いす」の試作品

 

 

試作品は2014年3月にまずプロトタイプ1号が、同年12月に2号が完成。優れたサスペンションを持ち、15㎝の段差を乗り越える際にも座面を水平に保つことができる。坂道でも倒れない安定性は、ユニバーサルデザインを研究する大学教授からも高い評価を得ました。しかし、「どこでも車いす」が市場に出ることはありませんでした。最大の理由は、市場ニーズとのギャップ。日本の大手メーカーの電動車椅子は当時の価格で40〜50万円。中国製なら10万円台で手に入る時代です。高齢者は、機能よりも価格で選ぶ傾向が強くなっていました。また、ソミックグループ側も、エンドユーザー向けのアフターサービスが未整備だったこともあり、開発は中止を余儀なくされたのです。

 

 

どんな困難も、「おもしろがる力」で超えていく

 

一度の失敗で諦めるわけにはいかない。開発スタッフたちは、「どこでも車いす」で培った技術は他に転用できるはずだと考え、取引先である自動車メーカーなど、数十社にヒアリングを実施。そのなかで見えた一筋の光明が、サービスロボット分野でした。「どこでも車いす」が持っていた高い走破性と、座面を水平に保つ技術を活かして、幅広い用途に対応できる自律走行ロボットをつくれるのではないか。ここから、新たな挑戦が始まりました。

 

この汎用性の高いサポートロボットは、「SUPPOT」 と名づけられ、「どこでも・誰でも・何でも」をキーワードに開発が進められました。不整地・整地を問わず「どこでも」走行可能な高い走破性を誇り、リモコン操縦、自動追従、自動運転という3つのモードを搭載して、直感的に「誰でも」操作することができる。さらに積載部がフラットになっていて、さまざまな機器を「何でも」搭載することができる。カメラを搭載すれば監視ロボットになり、測定機を搭載すれば測定ロボットになる。これなら、大規模災害の調査などにも活用できる。さらに、力の弱い高齢者や女性が、力仕事の多い現場に参加することも可能になるかもしれない。さまざまな可能性を秘めたSUPPOTは、こうして新規事業としてのたしかな方向を持ちはじめました。

 

 

SUPPOTの基本構造

 

 

SUPPOTの開発で最も大切だったことは、「おもしろがること」だった、と長坂は言います。課題が立ちはだかっても、その先にSUPPOTを活用したおもしろい未来が開けている。そう信じる開発スタッフたちのもとには、一緒に未来を楽しみたいという仲間が集まってきました。ソミックにとって、これまでの事業は「求められたものを、求められた品質でつくる」ことでしたが、新規事業は自分たちでつくりたい世界を思い描くことから始まります。開発の過程では、たくさんの苦難が待ち受けています。だからこそ、その過程を楽しめなければ実現できない。どんな困難が立ちはだかろうと、「おもしろがる力」で超えていく。それがSUPPOTを実現するための大きな力になりました。

 

 

1000社以上への提案で見えてきた、SUPPOTの可能性

 

プロダクトはできた。一方、次に待ち受けていたのは、拡販フェーズの困難です。SUPPOTの強みは汎用性の高さと直感的な操作性にありますが、汎用性が高いがゆえに、具体的にどんなことができるのか、なかなか顧客に理解してもらえず、すぐには導入につながりませんでした。そのため、まずはプロダクトの本質的な価値を理解し、ともによりよいものにしていってくれるような共創顧客の獲得が最初のハードルでした。農業・建築・土木業界など、1000社以上に提案を行い、現場での実証実験を重ねることで、今現在、SUPPOTは少しずつではありますが、活躍の場を広げていっています。

 

 

 

 

ある建築現場では、ベテランの職人が肉体労働をSUPPOTに任せることで高齢でも仕事を継続できるようになったり、女性事務スタッフからは、資材の運搬といった業務をSUPPOTが担うことでこれまではできなかった仕事に取り組めるようになったという声が届いています。彼らは、SUPPOTにヘルメットを被せ、「タスケくん」という愛称で呼び、かわいがってくれているそうです。また、北陸新幹線のホーム建設の現場でも作業効率のアップが確認され、高速道路のトンネル点検でも人手不足を解消する施策として有効だと認められるなど、SUPPOTは「どこでも・誰でも・なんでも」というキーワードにもとづいた新しいプロダクトとして、さまざまな業界で認知され始めています。

 

「今後は、日本全国の工場内にも普及させていきたい」長坂はそう語ります。現在、大きな工場では自動搬送ロボット(AGV)が普及していますが、AGVには床に段差があると走行できないという大きな弱点があります。しかし、「どこでも車いす」の開発で培われた技術が活かされたSUPPOTであれば、段差があっても問題なし。実際、ソミック石川の工場では、何台ものSUPPOTが走っています。とはいえ事業としてはまだまだ道半ば。今後、日本中さまざまな現場や工場で、SUPPOTが活躍する世界を目指し、引き続き取り組んでいきます。