◉プロジェクトの概要
「浜松・浜名湖テクニカルビジット」は、浜松市と株式会社mocha-chaiが主導するプロジェクトで、浜松市の製造業を観光資源として捉え直そうとするもの。製造業として培ってきた経験を生かし、新たな価値を創出できないかと考えていた私たちソミックグループは、プロジェクトへの参画を決定。2023年以降は月1回程度の受け入れを継続し、参加者からは「日本の製造業の強みを学ぶ貴重な機会」との高い評価を受けています。


◉この記事のポイント
- 日本の製造業は、製品だけではなく、働く人の姿勢や精神性も世界で高く評価される。
- 製造現場の「当たり前」には、自分たちでは気づかない価値がある。
- 「外」との接点を持つことで、現場で働く人の誇りを醸成できる。
◉この記事の見出し
- 製造業の現場が持つ、観光資源としての可能性
- 現場からの理解を得ることが、一歩目にして最大の難所
- 日本のモノづくりの素晴らしさは伝わった、その一方で
◉プロジェクトチーム
グローバル経営変革推進部 コミュニケーション推進室
「コミュニケーション」を軸に、社内外にむけた広報、社会貢献・地域共創活動、イベントなど、ソミックグループの認知度・好感度向上や社員のエンゲージメント向上につながる施策を展開している。
◉パートナー

浜松・浜名湖エリアの企業を対象とした、産業観光プログラム「テクニカルビジット」の企画・運営に携わっている。
製造業の現場が持つ、観光資源としての可能性
創業以来、100年以上に渡ってモノづくりに取り組んできたソミックグループ。確かな技術と品質で、高く評価される自動車部品を提供する一方、これまでとはちがうかたちで、新たな価値を創出できないか、と模索を続けています。そこに舞い込んできたのがテクニカルビジットの構想でした。
このプロジェクトは、浜松市と株式会社mocha-chaiが主導する形でスタート。国内外の企業や団体に対して、浜松の製造業が持つ高度な生産技術を見学できる機会を提供し、地域経済の活性化を目指すというものでした。日本有数の製造業の集積地であり、特に自動車産業を中心としたモノづくりが盛んな地域として知られている静岡県浜松市ですが、一方で観光産業の発展が進まないという課題も抱えていました。そのような背景から、海外の企業や団体を受け入れ、製造業そのものを観光資源として紹介する「浜松・浜名湖テクニカルビジット」プロジェクトが立ち上がりました。
浜松・浜名湖テクニカルビジットのテーマ一覧
私たちソミックグループでは浜松に本社を置く製造業として、この取り組みに可能性を感じ、参画を検討。グループのブランディングに携わっていたコミュニケーション推進室を中核として、2020年1月、正式にプロジェクトに加わることを決めました。
このプロジェクトに参画する目的は二つ。一つは産業観光を新たな事業の芽と捉え、収益化の可能性を模索すること。もう一つは海外の企業や団体に対して、トヨタ生産方式(TPS)やカイゼン活動のノウハウを学んでもらうことで、日本のモノづくりの素晴らしさを知ってもらうことです。
どうしたら生産現場に、可能な限り負担をかけず受け入れできるか
2020年にスタートした「浜松・浜名湖テクニカルビジット」は、コロナ禍の影響はあったものの、その収束と共に実施回数を重ね、順調に推移していきました。海外から参加される方たちは、すでに自国でTPSを学び、その集大成として実際の製造現場を視察したいという気持ちを持っている方ばかり。その期待に応えるためには、リアルな生産現場を見ていただくのが一番ですが、そのためには生産現場で働く従業員の力が不可欠でした。しかし、実際に受け入れを行うと、いくつかの課題が出てきました。
①実際に生産現場で働く従業員に、いかに「現場の価値」を認識してもらうか
現場は日々、一分一秒という厳密な工程管理のもとで、モノづくりをしています。前提として、テクニカルビジットを受け入れることで、生産に支障をきたすわけにはいきません。また彼らからすると、「当たり前のことを、当たり前にやっている」普段の現場に、誰かの学びになるような価値があるとは思えない、という考えが根強くありました。実際、「自分たちの日常業務を見せることに何の意味があるのか」という声も。そのため、まずはプロジェクトの意義をしっかりと伝え、生産現場で働く従業員の理解を得ることからスタートする必要がありました。
②生産現場に、いかに「負担をかけないか」
プロジェクトの当初、見学者への説明は生産現場のメンバーにお願いしていました。というのも、当事者の言葉で説明することが重要だと考えていたからです。ですが、実施回数が増えてくると現場の負担は重くなる一方。そこで、コミュニケーション推進室が参加者への説明を担当し、できるだけ現場に負荷をかけない、業務に支障がない運営を心がけました。
③いかに「プログラムの質を向上させる」か
もともとは自社の技術の説明を中心に行っていましたが、参加者から「より現場で活かしやすい具体的な実例を知りたい」という声が多く上がりました。そこで内容をTPSや現場改善の具体的な事例を交えたものに変更し、参加者がより実践的な学びを得られるように。内容の改編を繰り返したことで、プログラムの質は次第に上がっていきました。
日本のモノづくりの素晴らしさは伝わった、その一方で
この3年間で、「浜松・浜名湖テクニカルビジット」は着実な成果をあげることができました。2024年には年間で20件以上の団体を受け入れ、私たちの工場を見学した人々は累計数百人に上ります。参加者からの評価も高く、「日本の製造業の強みを直接学べる貴重な機会を得ることができた」「カイゼンの思想が組織文化として根付いていることに感銘を受けた」といった声が数多く寄せられています。また、訪問後に参加者の企業で、学びが実践された事例も報告されるようになりました。そういう意味では、目的のひとつであった「日本のモノづくりの素晴らしさを知ってもらう」ことは、少しずつですが、できていると感じています。
また、参加者から高い評価を受けることで、ソミックの技術や文化が誇るべきものであるということを社内の人たちが認識する絶好の機会にも。回数を重ねるごとに、生産現場の従業員たちが、ツアーに合わせてラインを稼働したり、最新のカイゼン活動を紹介してくれるようになるなど、忙しいなかでも積極的に協力してくれるように。この変化からも、直接外部の方と接し、「すごい!」と評価をもらうことは、とても大切で必要なことだと分かりました。
一方で、今後の課題も明確になってきています。外部からのプロジェクトへの評価が高まり、参加希望者が増え、受け入れ件数が増加するにつれ、運営体制の強化が求められています。そこで、現在のコミュニケーション推進室主体の運営ではなく、より多くの生産現場の従業員たちがもっと関わる仕組みを整えようと考えていますが、それを実践しようとすると生産現場への負荷がどうしても大きくなってしまうため、まだベストな方法は見つけられていないのが現状です。
また、第一の目的として掲げていた収益化については、まだまだ道半ば。現在、参加者たちには座学、工場見学、質疑応答を含む2時間半のプログラムを提供していますが、彼らが持ち帰る価値に対して、適正な価格設定ができているかというと、検討の余地はあるように思えます。けれど、それもやってみてはじめてわかったこと。このままの状態でプロジェクトを引き続き走らせるのか、新しい価値創造に向けて、別の道を選ぶのか。本プロジェクトは今、岐路に立っています。