◉この記事の概要
2023年度より始まった、ソミックの森林健康経営を通じた人材育成プログラム、名付けてSXプログラム(サスティナビリティ・トランスフォーメーション)。社員たちが定期的に浜松市内の森に行き、木こりの方にご指導いただきながら様々な実験的取り組みを行っています。会社の中にいるだけではわからない、手触りのある「環境」からサスティナビリティを考えることを目的に始まったこのプログラムですが、実はそれだけではない目的があるそうです。企画者の大倉さんと、一期目より参加しつつ運営も行ってきた三浦さんに、プログラムの構想と現在地を聞きました。
◉この記事の見出し
- 舞台は市内の2ヘクタールの森
- 「環境」を考える時、そこに実感があるのかどうか
- 新規事業と既存事業は、全く違うスポーツ
- 人間そのものを、脱工業化していきたい
◉お話を聞いた人
大倉正幸(おおくら まさゆき)
(株)ソミック石川取締役副社長COO、(株)ソミックマネージメントホールディングス 取締役、(株)ソミックトランスフォーメーション共同代表。2019年にソミックに参画。変革のリーダーシップをとっている。
三浦周(みうら しゅう)
(株)ソミックマネージメントホールディングス 人事戦略部 タレントマネジメント室2020年入社。採用や企画、社外のパートナーと組んでの改革の推進にあたっている。
舞台は市内の2ヘクタールの森
浜松市天竜区、およそ2ヘクタールにわたり広がる「Kicoroの森」。スギとヒノキを中心に、ケヤキやクスノキ、カシノキなどの生い茂るこの森が、ソミックの「SXプログラム」の舞台です。

三浦さん
第一期である23年度は社内公募で参加者を募り、24年度からは新入社員研修の一環として森林での活動を組み込みました。今はソミックグループの約15人の新人と、第一期から続けて参加している有志たちが、定期的に森に来て時間を過ごしています。間伐の体験をしたり、畑を耕したり。森をじっくり観察する人もいますね。
森や木々に関する説明をしてくれているのは、Kicoroの森の所有者であり、木こりを職業とする前田剛志さんです。
大倉さん
前田さんの存在こそが、このプログラムの舞台をKicoroの森にした決め手です。前田さんは文字通り自分の人生をかけて献身的に森の手入れをされている方で、話もすごく面白い。こんな人は滅多にいません。私も含め、皆が刺激や学びをいただいています。
「環境」を考える時、そこに実感があるのかどうか
ソミックのSXプログラムの最大の狙いは、森に行ってサスティナブルな感性を養うこと。特にCO2の排出と削減に対してリアリティを持つことです。
大倉さん
行ってみればわかるのですが、2ヘクタールの森というとかなり広大で、維持のための手入れも本当に大変です。しかしそのKicoroの森が一年間で吸収できるCO2の量は、なんと日本人の一般家庭*が年間で排出するCO2のたった半分。私的にこれは結構衝撃で、仮にソミックの事業活動全体のCO2を吸収させようとすると、約7千個Kicoroの森と約7千人の前田さんが必要になる。こうしたリアリティを持った上で会社のCO2の排出量削減に取り組むのと、会議室を出ずに机上の空論で考えるのとでは、間違いなくアイデアの質とその後の行動に差が出るはずです。
*父、母、子ども×2の四人家族をモデル家庭として想定
社員全員に一度は森に来てこれを実感してほしい!そう思ったことが、SXプログラム企画したきっかけだと話す大倉さん。ソミックでは環境方針を定めており、その文脈での競争優位性に貢献するものとして本プログラムを位置付けています。

大倉さん
生産工程で発生する温室効果ガスの排出量を削減・吸収・除去し、差し引きゼロにする“カーボンニュートラル”という考え方が今の製造業の主流で、CO2削減に取り組まない限り市場からの撤退を余儀なくされると言っても過言ではありません。しかし、実際に今世の中で行われている取り組みの中には“グリーンウォッシュ”と呼ばれる、いわば見せかけだけのものも多くあります。カーボンオフセット取引という言葉を聞いたことがありますか?『自社の活動で排出される二酸化炭素を、温室効果ガス削減のためのプロジェクトに投資することで相殺(オフセット)しようとする取り組み』なのですが、正直それだと自社の工程は何も変えなくていいことになります。否定はしませんが、あくまでもソミックは、もっと“実際に”環境に良いことをしながら、事業も環境も持続可能にしていくことを大事にした方がいいのでは?その方がソミックらしいんじゃないか?と思うんですよね。
製造業というのは、基本的には生産すればするほど環境を壊していきます。でも、もし生産すればするほど環境が綺麗になるような生産の仕方ができるのであれば、世の中から「もっとつくって!」と言ってもらえるのではないか。そういう価値の創造ができたら、自分たちをもっと誇りに思えるのではないか。もちろん今はまだ夢のような話ですが、そんな未来を本当につくりだす人材や感性を育てようとしているのが、SXプログラムなのです。
新規事業と既存事業は、全く違うスポーツ
森に行き、前田さんの話を聞きながらお手伝いをする。地域や環境のために「こんなことをすれば嬉しいんじゃないか?」を自分なりに探してみる。そんな時間を通して、ふと山道が荒れていることに気づいて整備に取り掛かる社員や、「森を手入れする人材を集めるにはやっぱりお金がかかる。そのお金を森から生み出せないものか」と考え、プロダクトをつくり始める社員などが現れました。

三浦さん
森から出る廃材だけを使ってアロマディフューザーをつくった社員がいたんです。感動しました。彼は突然、木屑から精油を抽出する装置を運んできたんですよ!それから丸太に十字の切り込みを入れて、着火剤を詰め込んで焚き火にする『スウェーデントーチ』なるものをつくった人も!
実は、森から新規事業を生み出すことも、このプログラムの狙いの一つです。
大倉さん
森から新しい提供価値を自分たちで生み出して、そこに対して『お金を払ってもいいよ』と言ってくれる人が出てくるくらい、喜んでもらえるものに昇華させていく。そのトライアルというエッセンスもこの取り組みに入れています。
つくったプロダクトたちは、プログラムの一環で開催された「Kicoroコトマルシェ」で並べられ、訪れた地域の方やソミックの従業員、その家族に手に取ってもらったそうです。
三浦さん
コトマルシェに至るまで、企画者も参加者も全員が手探りでしたし、そもそも新しいプロダクトやサービスを生むのは当社の社員にとって特に難しい挑戦だったと思っています。というのもソミックはこれまで、自動車メーカー向けにモノづくりをしてきて、自らマーケティングしなくてもお客さんから求められてきました。お客さんの困りごとをこちらから言語化し、相手も気づいていないようなニーズに対して提案し、100分の1や1000分の1の確率で受注していくような仕事の機会はなかったと思います。それが自分でプロダクトを生み出して、買ってもらえる事業にしていくなんて、昨日まで野球をしていた人に突然クリケットをしろと言うようなもの(笑)。難しくて当然です。だからこそ、それを安全にトライできる場としてこのプログラムを用意しました。
仕事なのだけれど何をやっても良くて、失敗してもさほど痛みを伴わずに済む。そんな「中間地点」としてKicoroの森を機能させたいと、大倉さんは考えています。
人間そのものを、脱工業化していきたい
さまざまな狙いを持って始まったSXプログラムですが、「実は、参加者には敢えて明確なテーマを渡していないんです」と大倉さんは言います。
大倉さん
製造業にいると、どうしても『この製品の不良品率を来年までに2%下げてください』とか、『CO2削減目標は3%です』とか、会社からテーマを与件として渡されてしまう。でも、今回は“モノづくり”ではなく“コトづくり”に主眼を置いている以上、いい意味でこちらから与件もゴールも渡さずに、何に取り組みたいかからゼロベースで純粋に考えてもらっています。参加者に対して『目標値は?』などのこの方向性と逆行する圧力をかけないでほしいと、取締役会でも最初にお願いしています(笑)
大倉さんの言葉の裏には、「脱工業的な人間をつくる」ことへの強い想いがありました。

大倉さん
人間らしさってどういうことだっけ?に気がつけるような人に、ソミックの社員にはなってほしいんです。現在の工業社会は大量生産と大量消費を前提にしています。その前提のままでは次世代に良い形で社会を手渡せないのではないか、という危機感があります。だから、工業社会に身を置きながらも、その一方でそこから離脱した価値観も持った人間に成長していかないといけない。そういう狙いに対し、目標設定をしたり、ターゲットを決めて逆算したりするという行為自体がとても工業的とも言えます。森に行って何を感じるかは人それぞれであっていいんです。成果や感想の粒度が違っていいんです。私がいくらそう思っても、企業活動の中で取り組みをすると、いつの間にか『皆に何か持ち帰ってもらいたい』という純粋な善意から方向づけようとする力が発生します。人事もそこにジレンマを感じていたようです。ただ、そういうジレンマを抱えることも、プログラム提供者側にとって発見だったのではと思います
“森に行く”というインプットは同じでも、アウトプットはバラバラでいい。そのことに対して、組織がもっと慣れ、受容していく必要があると大倉さんは話します。とても難しいけれど、やめるわけにいかない。名前や形を柔軟に変化させながらも、継続していきます。2ヘクタールの森のなかから、小さくとも実感のある「より良い未来」を生み出す挑戦は、まだ始まったばかりです。